とにかくテレビをつけて台風の大きさに驚愕した。
何だこれは、日本駄目じゃん。
しかし、とにかく行かねばならんのだ。
蜘蛛の糸だ、僕は一本の糸に群がる亡者の一人だ。
新幹線の自由席はまるで戦後の出稼ぎ列車のように人いきれ、閉塞感、物語性、疲労感がたちこめていた。
「席空いてね?席空いてね?」
とそわそわしていたら、岡山駅で、近くに立っていた少女がおばあさんにずっと席を貸していたことが判明した。
なんてことだ、早くも恥まみれだ。
小倉は混乱に満ちていた。
ははは、もっと慌てふためけ愚民ども!!!! ははは、ふははは。
いけない、自分も善後策を考えないと。
駅員の伊藤淳史にそっくりの男は、電車男の演技と同じようにきょどきょどして、怒り狂う誇りのかけらもない乗客たちの罵声と無理難題に完全に追い詰められていた。
しかし彼がいままさに、職務も夢も人生も放棄して線路に飛び込んでしまいそうなサイコネスをその身に蓄積し続けていることには誰も気づいていないようだ。
これ以上彼を刺激しないよう、諦めて小倉の地に降り立った。
初めて入ったビジネスホテルでは、初老のホテルマンが普遍の礼節を持って迎え入れてくれた。
現代社会に欠けている何かが、なにであるか、ちょっとわかった気がした。
部屋はとても小さい、でもなんでもそろっていた。
流れ者としての自覚を高めてくれるドライな雰囲気がまた良かった。
その日の残りは、放浪者らしくジャンクな食料とジャンクな雑誌、ジャンクな番組を見てすごした。
これが日本なんだ。
なんと駅の窓口には発狂寸前の伊藤淳史似の男がまだ座っていた。
瞳が猛禽類のように鋭く変貌していた。
始発がストップしていたのだが、襲い掛かってこられてはまずい。
話しかけることはやめ、次の車両に賭けた。
背後で経済的な服装の女性が二人立ち話をしていた。
「市役所って…」
「間に合うかな…?」
「まあ他にもあるし…」
この内容は、確実に僕と同類、亡者どもだ。
昨今の関東攻め、初老の男との禅問答でわずかに鍛えられた社交性を全開放して世間話の中から目的地への最短距離を把握した。
モバイルは便利だ。
しかし生きるか死ぬかを分つのは、足と口だ。
大在という小さな駅は、若い亡者でごった返していた。
その喧騒の中に叔父を発見した。
気さくな性格は完全に変わらないが、白髪が少し増えたようだ。
途方も無い時間がとても安易に費消されてしまったのかも知れない。
せめてせめて見送られる視線を背に力強く前に進んだ。
とにかく会場に入って、眉毛の平均的な濃さに驚愕した。
熊襲(くまそ)という部族が古代西日本を蹂躙して回っていたそうだ。
彼らは体格がよく、豊かな体毛を備え、顔立ちもはっきりとしていたという。
大和朝廷にとっても大きな脅威だったそうだ。
彼らはとても穏やかな心の持ち主だ。
しかし同時に豪放さを兼ね備えた強敵である。
試験内容は、呆れたイージー具合だった。
だがふたを開けるまでは何が起こるかわからないのがこの戦の恐ろしいところだ。
同時に希望でもある。
台風一過らしい深い青をたたえた空と田の緑が現実感を奪ってくれた。
風はまだ強く、稲が波打つように傾いていた。
「となりのトトロ」の描写を思い出して欲しい。
独楽にのって田んぼすれすれをトトロが飛んでいる。
ちょうどその描写と同じ具合に稲は波打っていた。
つまり、
確かにトトロは自分の目の前を、大きな口をニンマリさせて飛んでいたんだ。
でももう小学生とかじゃないし眼には見えなかったんだ。
「ほんとだもん!ほんとにトトロいたんだもん!!」
そう声を大にして叫びたいが、受け入れてくれるのは豚箱ばかり。
きっとどこでもやっていける。